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のない辺りに重く響く。その問いに、藤堂は力無く首を横に振った。
「違うッ。……違うと、分かってるんだ。でも、途端に虚しくて。もう良いやって、どうでも良くなったんだ。ただ、せめて、」
藤堂は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。思えば、山南の死を悟った時ですら、このように泣くことは無かった。
「今だけの嘘でも良いから。體外射精 山南さんを死なせたく無かったと、助けたかったと、そう言ってくれれば良かったんだ……それだけで、おれは……ッ」
再び藤堂は熱い涙を流す。ぽたぽたと地面に小さな黒い紋が出来ていった。
斎藤は目を細めると、藤堂の前まで歩き目線を合わせるように屈む。
「死なせたい訳があるか。……副長とて、山南さんを助けようと手を回しておられたんだぞ」
斎藤の脳裏には沖田をわざわざ追っ手として行かせた時の土方を思い出す。
「じゃあ、何故それを言ってくれなかったんだ……!」
「副長の御立場を考えてみろ。そのような事を明言出来るはずが無かろう」
あくまで冷静な物言いの斎藤のそれに、藤堂は口を噤んだ。今の今まで、自分の要求を貫くことに必死で、土方の立場というものを考えて無かったことに気付く。周りが見えなくなっていたのだ。
──そうだ、土方さんは何処でも新撰組副長で居たいんだ。試衛館の絆に縋っていたのは俺だけなんだ。
そう寂しさがからっ風のように胸の中を吹き抜ける。だが、それを否定するように斎藤が言葉を続けた。
「何故、副長が本当の理由をあんたに言わなかったか分かるか。それが気遣いなのだと云うことを、あんたは知るべきだ」
事の顛末を知ってそうな口振りの斎藤を見ながら、藤堂は急に冷静になる。
「気遣い……? まさか……、伊東先生が絡んで……」
江戸に居ながらも、藤堂の懸念点として土方と伊東の相性が挙がっていた。二人はまるで正反対の性格をしている。
泥を啜ってでも、どれだけみっともない真似をしても最後勝てばそれで良いという土方に対して、伊東は勝負の過程にも華を求めている。
思想なんてクソ喰らえ、俺は徳川幕府の下で武士になれれば良いと言い出しそうな土方に対して、伊東は根っからの勤皇思想だった。
それでも伊東が新撰組に良い風を吹かせてくれるのではないかと、泊を付けてくれるのではないかと、誘うことを決意した。
例え土方と伊東の馬が合わなかったとしても、伊東には同門で知識人の山南がいる。何とかなるだろう、そう思っていたのだ。「……邪推もすべきでは無い。結果論として、山南さんは死んだ」
いつもは白黒はっきり付ける筈の斎藤が、肯定も否定もしなかったことに藤堂はモヤりと心中を燻らせる。
少なくとも伊東がそれに関わっていることは何となく察したのだ。だから土方は頑なに理由を教えようとしなかったのだろう。
嘘を付けるほど器用な人ではない、だから言わない選択をしたのだ。
「……土方さんに謝らなきゃ。でも、もう、新撰組に俺の居場所は無いかな」
謝ってから、生まれ育ったこの地で腹を斬るのも有りかも知れないと藤堂は視線を落とす。
そんな心中を察してか、斎藤は神妙な面持ちになった。そして藤堂の後ろにいる桜司郎へ目配せをして退くように指示する。
それに従い、桜司郎はそっと藤堂の背後から避けた。
「……平助。歯を食いしばれ」
そう言うと、斎藤は拳を固めて藤堂の頬を殴る。藤堂の身体は後ろへ倒れ込んだ。
「斎藤先生……!」
驚いた桜司郎は思わず声を上げる。だが、斎藤は意に介することも無く藤堂から視線を逸らさなかった。立ち上がると、地面に横たわる藤堂の上に馬乗りになる。
そしてその襟元を掴んで、無理やり上半身を起こさせた。
「……法度に書いてあったな、"私闘を許さず"と」
斎藤の言葉に藤堂は頬を腫らしながら小さく頷く。